研究開発本部 蛭川秀一(ひるかわしゅういち)
はじめに
みなさんは、家電のAIにどんなことを期待するでしょうか。
天気を教えてくれる、レシピを探してくれる、操作を案内してくれる。そうした便利さは、もちろん大切です。
でも、私たちが目指しているのは、そのもう半歩先です。
朝の忙しい時間、家族の朝食の準備をしながら、「あれ? 今日も作んなきゃだっけ?」と短く話しかけることがあります。そんなときに、AIが「お弁当のことだよね。今日は要るって言ってたよ。すぐ作れるレシピを探そうか」と自然につなげられること。正しい答えを返すだけでなく、その場の文脈をくみ取り、気の利いたひと言まで返せること。そんな会話ができてはじめて、AIは単なる道具ではなく、暮らしに寄り添う「バディ」に近づけるのではないかと考えています。
いまの生成AIサービスは、とても賢く、たくさんの知識を持っています。
一方で、こちらが聞きたいことをきちんと言葉にしなければ答えが返ってこなかったり、日々の出来事を共有してきた相手のような親しみはまだ弱かったりします。もしAIが本当に暮らしの中に入ってくるなら、必要なのは「何でも知っていること」だけではなく、「この相手となら話したい」と思えることなのだと、私たちは考えています。
日本語の雑談は、実はむずかしい
ただ、こうした「心地よい会話」をAIで実現するのは、見た目以上に簡単ではありません。
特に日本語の雑談は、主語や目的語をはっきり言わないまま話が進んだり、相手との距離感によって自然な言葉遣いが変わったりするため、何が「好ましい会話」なのかを定義すること自体が難しいからです。
人は何気なく雑談をするけれど…
(生成AIによるイラスト)たとえば、「あれ? 今日も作んなきゃだっけ?」という短いひと言でも、「作んなきゃ」の目的語が何を指しているのか、いま何の場面なのか、相手は確認したいのか困っているのかを読み取る必要があります。
さらに日本語では、丁寧すぎても、逆にくだけすぎても違和感が生まれますし、一人称や語尾、口調のわずかなぶれだけでも、「さっきまでと別人みたいだな」と感じさせてしまいます。今回の研究でも、「何を指しているかを正しく理解できること」「話題の流れを見失わないこと」「話し方がぶれないこと」が、会話の心地よさに強く影響していました。
つまり、「好ましい会話」をつくること自体が難しいだけでなく、その良し悪しを評価することもまた簡単ではありません。
人なら何となく感じ取れる違和感でも、AIに見分けさせようとすると、思った以上に繊細な設計が必要でした。
違和感を感じる会話の例。そこで、会話の「心地よさ」を測ることに挑戦
そこで私たちは、まず人がどんな会話を心地よいと感じるのかを広く整理しました。
「心地よさ」に関わる要素は一つではありません。会話がそもそも成立するための土台となるものもあれば、人それぞれの好みに左右されるもの、声や表情など会話の手段によって変わるものもあります。
今回の記事では、このうち最初に取り組んだ「会話の土台」のお話を紹介し、その中で「なぜ日本語の心地よい会話の評価が難しいのか」と「その難しさにどう向き合ったか」を中心にお伝えします。
心地よい会話を形づくる要素の整理。
今回は、多くの人に共通しやすい「会話の土台」に注目。第一段階として、今回注目した基本要因に対し、人間がどのように反応するかを一般のメンバー17名による主観調査を行って明らかにしました。それぞれの軸はどれも重要と思い調査対象としましたが、実際には、人が会話の心地よさを判断するときは、各項目を均等に見ているわけではないことが分かりました。たとえば、「あれ」が何を指しているかを取り違えたり、それまで親しみやすかった口調が急によそよそしく変わったりすると、それだけで会話全体がちぐはぐに感じられてしまいます。こうした「破綻」を見逃さないことが、雑談の評価ではとても重要でした。
第二段階では、それぞれの要素を、AIで自動採点させ、さらに重要度を反映して総合点を計算しなければなりません。
ですが、そもそも日本語の微妙な言い回し違いをAIに評価させること自体も簡単ではありませんでした。複数のLLMを比較し(26年2月段階では最新の高性能モデルが必要でした)、評価の指示文も何度も調整しながら(丁寧に基準を例示しないと判別してくれませんでした)、日本語の雑談にある微妙な差をできるだけ見分けられるように、探っていきました。
最後に、出てきた自動採点の結果が、人間の感覚に合っているか、という観点で検証が必要になります。ここでは、同じメンバーによる主観との一致の確認を行いました。その結果、重要度も反映した自動採点結果であっても十分ではなく、「どこか一つの軸が大きく崩れると、会話全体が台無しになることがある」という人の感覚との間に、ずれが見つかりました。
たとえば、ユーザーが「あれ? 今日も作んなきゃだっけ?」と聞いたときに、AIが「晩御飯の事?」と返してしまったら、「何言ってるの? お弁当の話でしょ」と感じる、みたいな例です。会話としては一応返答していても、文脈の取り違えが起きた時点で、人はその会話全体に強い違和感を覚えます。今回の研究では、こうした「どこか一つが大きく崩れると全体が台無しになる」感覚を、自動評価にも取り入れました。
ずれが生じた例。AIのキャラクタが崩れてしまった。このようなずれを自動採点の計算式に反映したことで、人による評価との差が少なくなり、ようやくAIの雑談品質を自動で見ながら改善していくためのベースとして、社内のAIバディ開発に活用し始めることが出来ました。本技術により課題のある項目を明確にし、人による評価のばらつきを抑えながら、効率的に改善サイクルを回しています。(ニュースリリース[1]に記載のとおり、テレビ「AQUOS」向け新サービス「AQUOS AI」の開発などから、応答内容の改善に活用しはじめています)
テレビ「AQUOS」向け新サービス「AQUOS AI」
(シャープHPより)今回の研究では、まず日本語のテキスト雑談における「多くの人に共通しやすい土台」を扱いましたが、「自動採点で毎回安定して採点してくれるかどうか」や、「今回の評価システムが家庭内の実際の雑談の場面でそのまま通用するか」は、さらに検証が必要です。
(詳しい分類や評価項目の全体像は、人工知能学会での発表[2]やニュースリリース[3]で詳しく紹介しています。ご興味のある方は、ぜひそちらをご覧ください。)
これから目指すこと
ここまで、今回のシャープの取り組みをご紹介してきました。
私たちが目指しているのは、無味無臭なAIサービスではありません。お客様にかわいがっていただき、話せば話すほどお客様やそのご家族のことを理解し、長く関係が育っていく、「家族の一員のような」AIバディをつくりたいと考えています。
家事だけを手伝う存在ではなく、家庭の中の困りごとや空気感まで少しずつ理解しながら、必要なときに自然に寄り添えること。たとえば、「今日の洗濯物の当番はお父さんだよ。今日はやったほうがいいんじゃない?」といったように、暮らしの流れをわかったうえで、押しつけすぎず、でも他人行儀でもない、「適度な距離感」で声をかけられることです。
そのためには、どんな人にも同じように感じる「基本的な会話能力」を提供した先に、「話すほど、その人に合っていくAI」に進んでいく必要があります。例えば、個人ごとの嗜好の会話への反映、音声や表情などを含むマルチモーダルな理解、さまざまな会話場面への汎化、評価自体の安定性向上などです。人間なら無意識にできていることが、何からできていて、何が大事なのか。まだまだ我々の取り組みは続きます。
AIをただ便利な機能として増やしていくのではなく、AIと会話を楽しむことが製品やサービスへの愛着につながる・お客様が「このAIとなら話したい」と思える存在となっていく、そんな未来を目指し、研究成果を商品に搭載してまいります。どんどんよくなっていく「シャープの対話AI」にご期待ください!
参考リンク
[1]
(シャープニュースリリース・2026年5月14日)
[2]
対話システムにおける雑談の品質評価基準の検討および品質評価システム構築の試み
(
プログラム)
[3]
(シャープニュースリリース・2026年6月2日)